世界各地で防腐剤として使われてきた水銀
古代には、遺体を腐らさないようにする「遺体防腐処理」に使われています。
スペインでは約5000年前の人骨が、砕かれた辰砂で覆われた形で発見されました。中国では約2200年前の古墳から、辰砂の成分を含んだ液体に浸かった遺体が、とても良い保存状態で発見されました。日本の古墳の石室の朱なども、このような意味があったのかもしれません。
神仙思想と水銀
古代中国には、水銀や薬草などを組み合わせて、永遠の命をもたらす薬を作り不老不死の仙人になることを目指すという考え方(神仙思想)がありました。約2200年前の中国で活躍した「秦の始皇帝」が、この薬を飲み続けた結果、水銀中毒で死んだことはよく知られています(図10)。
「薬狩り」と神仙思想
推古天皇が611年、「菟田の」で薬狩りを行ったと日本書紀に記されています(図11)。具体的には、男性は鹿狩りをし、女性は薬草を摘んでいたようです。古代においても水銀が豊富な地であったことと神仙思想が結びつき、薬狩りの場所として、宇陀の地が選ばれたといわれています。また、そのことが江戸時代に宇陀の地で薬問屋が栄えたこと、さらに、多くの製薬会社の創始者が宇陀から出ていることにつながっているのではないでしょうか?

薬の成分として
水銀はその毒性のため、強力な下剤であり、体内から毒を出してくれる薬だと信じられていたようです。アメリカ大統領リンカーンも水銀を含む薬を服用していたことが分かっています。
昭和の時代は「ケガをしたら『赤チン、塗っとけ!』」が当たり前
「赤チン(マーキュロクロム)」は、家庭や学校で定番の消毒薬でした(図12)。傷口の消毒に使われ、皮膚表面の殺菌力に効果があるとされていました。水銀成分を含んでいましたが、皮膚浸透性が低く濃度も薄かったため安全とされていました。しかし、「水銀に関する水俣条約(ここでは『ミナマタ条約』と表記)」により製造が禁止され、2020年末に製造が終了しました。
また、皮膚病の治療、利尿剤など、さまざまな用途で使われてきました。水銀の毒性を利用して多くの農薬にも使われていました(図13)。一部を除いて、医薬品や農薬への使用は、今では行われていません。
提供:ヤマト環境センター
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