人類史上初の大規模有機水銀中毒「水俣病」
水銀は、ビニル樹脂を製造する際に、化学反応を促進させる「触媒」として使われてきました。一般的に触媒と呼ばれる物質は、反応の前と後でそれ自身は変化しないといわれています。しかし、ビニル樹脂の製造に使われた「水銀触媒」は、触媒反応の工程内でメチル化した状態に変化して海や河川に排出されました。
放出されたメチル水銀化合物により汚染した海産物を長期にわたり日常的に食べたことで、水銀中毒が集団発生しました。環境汚染の食物連鎖で起きた人類史上最初の大規模有機水銀中毒で、公害病として世界中に知れわたりました。これが水俣病です。
高度経済成長がもたらした負の側面
水俣病は、日本の高度経済成長の負の側面である四大公害病の1つであり、「公害の原点」ともいわれています(図19)。1956(昭和31)年、熊本県水俣湾周辺で患者の発生が公式に確認されました。1968(昭和43)年、国が原因物質をメチル水銀化合物であると認定しました。
水俣湾では、海底ヘドロの除去や汚染魚の隔離・焼却処分などさまざまな環境再生事業が行われ、1997(平成9)年には水俣湾の安全宣言が出されました。
水俣湾では、海底ヘドロの除去や汚染魚の隔離・焼却処分などさまざまな環境再生事業が行われ、1997(平成9)年には水俣湾の安全宣言が出されました。
図19 水俣病を発症し、足にマヒが出た猫
提供 : 水俣病資料館
提供 : 水俣病資料館
国際的な水銀の管理を目指すミナマタ条約
2013(平成25)年に、「水銀に関する水俣条約(ミナマタ条約)」が国連で採択されました。これは、水俣病を教訓とし、地球規模の水銀や水銀化合物による汚染、それによって引き起こされる健康被害や環境被害を防ぐために、国際的に水銀を管理することを目指すものです。
先に述べた水銀体温計・水銀血圧計、蛍光灯の他にも、水銀を使用したボタン型電池や化粧品についても2020年末までに製造と輸出入が禁止されました。